シンガポールという名前の起源と近代国家としてのシンガポールの誕生


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シンガポールという名前の由来を知っていますか?

シンガポールについての最も古い記録は、14世紀の文献に出てきます。そこには港町を意味するトゥマセという名で記されており、シンガポールが昔から海と密接な関係にあったことがここから分かる。

シンガポールの名の由来には、さまざまな説がありどれが定説だと断言はできませんが、マラッカ王国の歴史が書いてあるマレー年代記に書かれている次の説が有力と聞きます。


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スマトラの王子がトゥマセを訪れた際、白いたてがみをもった獅子のような動物を見つける。それを見た部下の一人が「あれはシンガ(獅子)だ」と告げたことから、王子はトゥマセをシンガブラ(サンスクリット語で獅子の都)と改名。このシンガブラが、のちに英語風になまり、シンガポールとよばれるようになったといわれている。

シンガポールに限らずどの国の名前でもその名前の由来がありますが、それを知ることはその国の風土や文化を知ることにつながる重要な事だと思います。

シンガポールの名前の由来は上述した通りですが、視点を近代から現代に変え、近代国家としてのシンガポール誕生の軌跡を紹介しましょう。

1819年イギリス東インド会社のラッフルズ卿が上陸して以来、イギリスの植民地となりながらも自由貿易港として発展してきたシンガポール。

しかし第二次世界大戦後、世界中で植民地支配からの独立気運が高まります。

その独立気運がシンガポールにも伝播し、1955年には老工戦線を率いるデヴィット・マーシャル初代首相に就任し部分自治政府が誕生します。

その後、リー・クアン・ユーを中心とするPAP(人民行動党)が1959年の選挙で政権を獲得し、1963年にはマレーシアの一州に加わり、植民地支配からの完全な離脱を達成します。しかしながら、さまざまな事情により2年後の1965年には分離独立し、シンガポール共和国と名乗ることになる。

マレーシア市場を失いかつ激しいインフレと失業問題を抱えることになるシンガポールにとって、この独立は前途多難なものでした。首相のリー・クアン・ユーは、国家の存亡をかけ、税制上の優遇措置や輸出入の自由の保証など、大胆な誘致政策を次々と打ち出し続けました。

その結果、奇跡といわれる経済発展を遂げたのです。現在ではシンガポールには近代的高層建築物が立ち並び、NIES(新興工業地域)のエリートとして東南アジアに君臨しているのです。

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